【登山界のアカデミー賞】ピオレドール賞とは?歴史、基準、日本人受賞者を徹底解説!

世界の登山家たちが最も栄誉ある賞の一つとして目標にする「ピオレドール賞」。フランス語で「金のピッケル」を意味するこの賞は、困難な登攀を成し遂げただけでなく、スタイルや精神性、冒険性が高く評価されます。「登山界のアカデミー賞」とも呼べれています。
この記事では、ピオレドール賞について詳しく解説します。
ピオレドール賞とは、毎年最も優れた人を表彰する賞のこと

ピオレドール賞は、1992年にフランスの山岳雑誌「Montagnes Magazine」と「フランス高山協会」によって創設されました。現在はGHMとフランスの登山雑誌「Vertical」が主体となって運営しています。
受賞の基準は、ルートの難しさだけではない
ピオレドール賞の目的は、その年に行われた最も優れたアルパインクライミングを表彰することです。どの山に登ったか、どれだけ難しいルートだったかだけでなく、以下の要素が重視されます。
- スタイル・オブ・アッセント(登攀様式): アルパインスタイル(※)が最も高く評価されます。大人数で物資を大量に使う極地法ではなく、少人数で、環境への影響を最小限に抑えた登山が理想とされます。酸素ボンベの使用も評価を下げる要因です。
- 冒険性・探求心: 未踏峰や未踏ルートへの挑戦、人里離れた山域への探検など、新しい可能性を切り開く冒険的な登山が高く評価されます。
- 技術的困難度とコミットメント: ルートの困難さや登攀の長さ、標高、危険への対処(コミットメント)なども重要な評価基準です。
- ミニマリズム: 最小限の装備と支援で登攀を完遂するスタイルが評価されます。
- 倫理観: 山と自然、仲間への敬意に基づいた行動や倫理観が求められます。
(※)ベースキャンプから山頂までの往復を、固定ロープや酸素ボンベ、シェルパなどに頼らない登山スタイルのことを言います。軽量・迅速性が求められ、高い技術や体力、判断力が必要です。
ピオレドール・アジア賞は、2006年から始まった
ピオレドールのアジア版ともいえる、ピオレドール・アジア賞は2006年から始まりました。日本の出版社「ROCK&SNOW」や韓国の「人と山」、中国の「山野」などが協力して創設されました。日本人の受賞者は以下のとおりです。
- 2008年: 天野和明、佐藤裕介、一村文隆: カランカ北壁に初登攀
- 2010年: 横山勝丘、岡田康: ローガン南壁の初登攀
- 2013年: 花谷泰広: キャシャール南ピラー初登攀
- 2016年: 中村保: ピオレドールアジア生涯功労賞。継続的に中国四川省、雲南省、青海省を集中的に探査して貢献。
- 2016年: 伊藤仰二、佐藤祐介、宮城公博: 劔岳(2,999m)、黒部渓谷ゴールデンピラーの登攀
- 2017年: 平出和也、中島健郎: カラコルム山脈のシスパーレ北東壁に初登攀。
キャリア・ピオレドール賞(生涯功労賞)とは、長年にわたり活躍した人に贈られる賞のこと

キャリア・ピオレドール賞とは、登山界で長年にわたり活躍をし、その精神が後世にインスピレーションを与えた登山家に贈られる賞です。主な受賞者は以下のとおりです。
- 2009年: ワルテル・ボナッティ (イタリア): 伝説的なアルピニスト。数々の困難な初登攀。
- 2010年: ラインホルト・メスナー (イタリア): 全14座8000m峰無酸素登頂など、登山史を変えた巨人。
- 2011年: ダグ・スコット (イギリス): エベレスト南西壁初登頂など、ヒマラヤの困難なルートを開拓。
- 2012年: ロベール・パラゴ (フランス): 1950年代のフランス登山界の黄金期を支えた一人。
- 2013年: クルト・ディームベルガー (オーストリア): 8000m峰2座の初登頂者。山岳カメラマンとしても活躍。
- 2014年: ジョン・ロスケリー (アメリカ): ヒマラヤの困難な登攀で活躍。
- 2015年: クリス・ボニントン (イギリス): 多くのヒマラヤ遠征隊を率い、アンナプルナ南壁などを初登攀。
- 2016年: ヴォイテク・クルティカ (ポーランド): アルパインスタイルの先駆者。「ナイト・ネイキッド(裸の夜)」など伝説的な登攀。
- 2017年: ジェフ・ロウ (アメリカ): アイスクライミング、ミックスクライミングのパイオニア。
- 2018年: アンドレイ・シュトレムフェリ (スロベニア): 初代ピオレドール受賞者。長年の功績。
- 2019年: クシストフ・ヴィエリツキ (ポーランド): 冬季ヒマラヤ登山のパイオニア。エベレストなど3座の冬季初登頂。
- 2020年: カトリーヌ・デスティヴェル (フランス): 女性として初めてアルプス三大北壁冬期単独登攀など、ロック、アルパイン双方で活躍。
- 2021年: 山野井泰史 (日本): アジア人初の受賞。ソロクライミングを中心に、ギャチュンカン北壁など数々の先鋭的な登攀を実践。困難を乗り越える精神力も高く評価されました。
- 2022年: シルヴォ・カーロ (スロベニア): パタゴニアやヒマラヤでのテクニカルなクライミングで知られる。
- 2023年: ジョージ・ロウ (アメリカ): ジェフ・ロウの従兄弟。登山家、写真家、作家として貢献。
- 2024年: ジョルディ・コロメル (スペイン): 長年にわたりスペインおよび国際的な登山界で活躍。
2021年には山野井康史さんがアジア人として初めて受賞しました。山野井康史さんは独学で登山を始め、卓越したフリーソロとクラッククライミングの技術を磨きました。詳しく知りたい方には「垂直の記憶」をおすすめします。
ピオレドール賞を受賞した日本人
日本人の受賞者たちについて、詳しく解説します。
2009年: 佐藤裕介、一村文隆、天野和明
- 受賞理由: インドヒマラヤ、カランカ峰(6931m)北壁のルート「武士道」の初登攀。5日間の予定が嵐につかまり10日間に。食糧不足に悩まされながらも、無事登頂し下山。アルパインスタイルが評価されました。
2009年: 谷口けい & 平出和也
- 受賞理由: インド・カメット峰 (7756m) 南東壁未踏ルート「サムライ・ダイレクト」のアルパインスタイル初登攀。7000m後半の高峰における困難な未踏壁への挑戦と、そのスタイルが評価されました。
- 人物/功績: 谷口けいさんは、女性として初めてピオレドールを受賞した快挙を成し遂げました。ヒマラヤからクライミングまで幅広く活躍し、多くの登山者に影響を与えた存在です(2015年に大雪山系で逝去)。平出和也さんは、この後もパートナーの中島健郎さんと共に更なる活躍を見せます。
2011年: 横山勝丘、岡田康
- 受賞理由: カナダ、ローガン山(5,959m)の南東壁への新ルート「I-TO(糸)」のアルパインスタイルでの初登攀。ローガン山はカナダ最高峰であり、その南東壁は巨大で複雑な地形を持つ難壁です。約2,500mに及ぶこの長大なルートを、わずか2人でアルパインスタイルによって完遂したことが高く評価されました。
2013年: 花谷泰広、馬場弘仁、青木達哉
- 受賞理由: ネパールヒマラヤ、キャシャール(6,770m)南ピラー(通称「NIMAライン」)のアルパインスタイルでの初登攀。キャシャール南ピラーは、それまで未踏だった急峻で、技術的に難しい岩と氷の稜線です。約2,200mの標高差を持つこの困難なルートを、3人が協力してアルパインスタイルで登りきったことが高く評価されました。
2018年: 平出和也 & 中島健郎
- 受賞理由: パキスタン・シスパーレ (7611m) 北東壁未踏ルートのアルパインスタイル初登攀。氷雪と岩のミックスクライミングが連続する、極めて困難で危険な未踏壁への挑戦と登攀スタイルが高く評価されました。
- 人物/功績: 未踏の困難な壁にこだわり、アルパインスタイルを貫く現代日本を代表するクライマーペア。平出さんは山岳カメラマンとしても活動。中島さんは若手ながら卓越した技術を持ちます。この受賞で世界的な評価を確立しました。
2020年: 平出和也 & 中島健郎
- 受賞理由: パキスタン・ラカポシ (7788m) 南壁未踏ルートのアルパインスタイル初登攀。標高差約3000mに及ぶ巨大な壁で、雪崩のリスクも高い困難なルートを攻略。2度目の受賞となり、彼らの実力と一貫したスタイルを改めて証明しました。
- 人物/功績: (2018年参照) シスパーレに続き、再びパキスタンの困難な未踏壁を攻略。同一ペアでの複数回受賞は稀であり、快挙と言えます。
2024年: 平出和也 & 中島健郎
- 受賞理由: パキスタン・ティリチミール西壁 (7708m) 未踏ルートのアルパインスタイル初登攀。過去に多くのクライマーが挑みながらも登られていなかった壁を攻略。3度目の受賞となり、他の追随を許さない圧倒的な実力と、未踏の困難壁に挑み続ける姿勢を示しました。
- 人物/功績: (2018年、2020年参照) まさに前人未到の領域を開拓し続けるトップクライマーペアとしての地位を不動のものとしました。
以上の受賞歴は、日本の登山のレベルの高さと、世界に通用する冒険心・技術力の証明だと思います。
まとめ
ピオレドール賞は、単なる登山の成果だけでなく、そのプロセスやスタイル、山の精神性を称える賞です。賞の歴史を知ることで、自身の山行のインスピレーションを得られるかもしれません。公式サイトではさらに詳しい情報が見られるので、ぜひチェックしてみてください。
参考:ピオレドール賞 公式サイト(フランス語): https://www.pioletsdor.net/